ビジネスモデルキャンバス

なぜAdobeは年間粗利率97%、3,400億円のビジネスモデルを捨てたのか

「できるだけ早く(自社の)収益を引き下げるために、努力をする」

2011年11月にアドビシステムズ(以下Adobe)のCFO、マーク・ギャレットが発した衝撃的な言葉です。この発表を機にAdobeは本格的にサブスクリプションサービスに切り替え、今ではgoogleやAppleなどの巨人を遥かに凌駕する株価成長率を見せています。決算的にも過去最高の収益を記録37年のキャリアで絶頂期を迎えているのです。

では、どうしてAdobeはサブスクリプション への転換をここまで見事に成功できたのでしょうか。そして「収益を引き下げる」の言葉の意味とはなんだったのでしょうか。

 

 

サブスクリプション以前のAdobeの戦略とは

2011年以前から、AdobeはPhotoshopやIllustratorを始め、さまざまなソフトウェアを取り扱っていました。当時はグラフィックデザインや動画編集などのクリエイティブを総合的にサポートする「Adobe Creative Suite」というパッケージを、売り切り型のモデルで販売していたのです。

Adobe Creative Suiteは世界中のクリエイターから圧倒的な支持を受けました。2011年の売り上げ高は34億ドル、また粗利率は97%と、脅威的な数字を叩き出していたのです。ここまでの流れを聞くと「なぜわざわざビジネスモデルを転換する必要があったのか」と疑問を抱いてしまいそうになりますが、Adobe Creative Suiteには2つの大きな問題点もありました。

1つ目は定期的に単価を高めることでしか、会社として成長できなかったこと。当時のパッケージの売り上げは年間約300万ユニットでした。この数字自体は何年間も変化がなく、Adobeは顧客単価か商品単価のどちらかを高めることで、収益を伸ばしていたのです。

2つ目はアップデートの頻度が遅かったことです。1年半から2年に1度のペースでソフトウェアを更新していましたが、顧客は満足していませんでした。当時はモバイルアプリが隆盛し始めた時期です。ユーザーからの要求のレベルが上がるなか、Adobeは対応しきれていなかったといっていいでしょう。

そんななか2008年にリーマン・ショックが発生。Adobeの年間売上高は約20%も下がり、企業価値はさらに落ちました。苦境に立たされたAdobeはマーケティングに力を入れたり、アップデートの頻度を高めたりしましたが効果はさほどなく、ついには目に見えてユーザー数が減少し始めたのです。

Instagramを始めとするデジタルパブリッシングサービスが盛んになったこともあり、Adobeは多くの顧客を失ったのです。

 

 

年間3400億円のパッケージを切り捨てて、転向

マーク・ギャレットは当時をこう振り返ります「2008年の不況の最中、定期収益がある企業ほど企業価値も成長率も下がっていなかった」。売り切りのモデルではいつか限界が来ることを経営陣は予想していました。日本円にして3,400億円という莫大な売り上げをもたらすソフトウェアを保持していても、胸中では危険を察知していたのです。

定期収入を獲得するために、Adobeは2011年の11月にサブスクリプション型のパッケージである「Adobe Creative Cloud」のリリースを発表、2012年の5月から販売を開始しました。

「できるだけ早く(自社の)収益を引き下げるために、努力をする」という冒頭の言葉に、株主をはじめステークホルダーが困惑したのは確かです。「なぜ好調なAdobe Creative Suiteを切り捨てるのか」「将来的に成長は見込めるのか」などの声も聞かれ、事実この発表の翌日にAdobeの株価は大暴落しました。

 

 

売り切りからサブスクに転向する際に発生する”魚”とは

出典:Technology-as-a-Service Playbook 2016(TSIA)

 

事実、売り切りのサービスをサブスクリプションに切り替える際は、一時的に会社にとって大きなマイナスが発生します。そこで出現するのが「フィッシュ・モデル」です。収益とコストの流れを図で示した際に2曲線が現れ、魚のような形になることからそう呼ばれています。

それまで売った瞬間に収益になっていた商材がサブスクリプションでは小分けになりますので、転換直後は売り上げが下降します。企業としては経営を保つためにその分、投資をしなくてはいけません。反対にコストは一時的に高まるのです。

しかし時間が経つにつれ、だんだんと収益性は上向きになります。一方の投資額は減っていくでしょう。ある時、収益がコストを上回り、企業は安定した定期収入を得られるようになります。魚の図が完成し、継続的な売り上げにより経営は安定するようになるのです。

 

 

顧客と従業員へのコミュニケーションによる意識改革

Adobeはサブスクリプション型に転換した直後、2本の曲線が生まれることを予期していました。そこで従業員や顧客とコミュニケーションを取ることから戦略を始めたのです。それまで四半期の売り上げばかりを追っていたスタッフたちには長期的なスパンで収益を生むことの素晴らしさを説き、顧客には移行の理由とメリットを懇々と伝えました。

またすべてのソフトウェアを変えるわけではなく、Adobe Creative Cloudのリリースから約1年間は、売り切り型のAdobe Creative Suiteも販売していました。ユーザーに選択の余地を残したのも成功要因の1つでしょう。

サブスクリプションへの移行を発表した2011年当時、Adobeの株価はおよそ25ドルでした。さらに2012年には年間35%も収入が下がったのも事実です。しかしその後「フィッシュ・モデル」が形成され、年間25%の成長率で株価も上昇していき、現在は約257ドル(2019年3月6日現在)となっています。また2018年通期の決算では90億3000万ドルと過去最高の収益を達成しました。その70%以上が定額収益であるといわれています。

「いちはやく、売り切りのモデルのリスクに気づいたこと」や「34億ドルの収益性を捨てても定額収入のモデルに切り替えたこと」「フィッシュモデルを見抜き、計画を立ててコミュニケーションを図ったこと」などが、Adobeのビジネスモデル転換において大きな成功要因になったといえるでしょう

 

 

サブスクリプションをビジネスモデルキャンバスで解説

では自他問わずさまざまな企業や商材のビジネスモデルを、A4用紙1枚で分析できるフレームワーク「ビジネスモデルキャンバス」を使って、AdobeのサブスクリプションサービスであるAdobe Creative Cloudのビジネスモデルを解説しましょう。

 

1.顧客セグメント

Adobeの顧客は個人と法人の2種類があります。フリーランスのクリエイターの方はもちろん、クリエイティブを持つ企業や、デザイン学校の教師や生徒なども顧客に含まれるでしょう。

 

2.提供価値

デザイナーやエンジニア、カメラマンなどの仕事に必要な画像処理や動画編集などのソフトウェアをひとまとめにしていることが大きな価値になります。無料でアップデートされるとともに、新たなソフトがローンチされるのも価値でしょう。今やクリエイターにとって必須のソフトウェアです。

 

3.チャネル/販路

広告によってソフトを知る方もいらっしゃるでしょう。動画制作や写真が趣味の方であれば、コミュニティの口コミによって導入する可能性もあります。またデザイン学校で初めてAdobeのソフトウェアに触れる人もいるでしょう。また新卒のデザイナーとして使い始める場合もあります。

 

4.顧客との関係

サブスクリプションなのでイニシャルコストがかからないうえに、いつでも解約できます。導入のハードルが低いのが特徴です。またAdobeのソフトウェアはクリエイターが使うツールとして常識化しています。それまでAdobeでの研修・教育体制を敷いていた企業にとって、今やAdobe以外のソフトはとても使えません。また学生向けの割引プランもあり、教材として取り入れている専門学校も多くあります。

 

5.収益の流れ

プランによって変わりますが、月額980円から7,980円、年額11,760円から95,760円の継続的な料金が主な収益です。

 

6.主要な資源

23種類のソフトウェアはAdobeの大きな資源です。またそのほかに膨大な顧客データや、各種アプリケーション、SaaS型のプラットフォームもリソースに入ります。

 

7.主要な活動

各種ソフトのアップデートや顧客の管理、データの収集が主な活動です。また営業活動も含まれるでしょう。新たなソフトウェアの開発も活動に入ります。

 

8.主要パートナー

主要なパートナーとしては、Adobeのファンであり製品と契約している制作会社各種教育機関が挙がります。

 

9.コスト構造

エンジニアの人件費を含めて、ソフトウェアの開発・管理費は継続的なコストです。また顧客管理にかかる費用も同等でしょう。

 

 

過去最大の収益を実現したAdobeの今後とは

Adobeは早くからサブスクリプションに目をつけ、果敢にビジネスモデルを転換してきました。デザイナーや動画の編集者、カメラマンなどのクリエイター人口はこれからさらに伸びていく可能性があります。フリーランス・社内スタッフ問わず、より働き方をサポートできるようなソフトウェアを開発、アップデートしてくれることでしょう。ユーザーの期待に応え続ける限り、Adobeは業界のリーディングカンパニーであり続けるはずです。

今回はAdobeのサブスクリプションモデル・Adobe Creative Cloudをビジネスモデルキャンバスを使用して解説いたしました。

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