
フェンダー社とギブソン社の明暗が分かれた理由【サブスクリプション事例集】
昨今「サブスクリプションモデル」がビジネス全体を席巻しています。
なんとなく「継続的に顧客から利用料をいただく仕組み」と理解していても、実際にどうやって切り替えるべきなのか、と悩む経営者や事業責任者の方もいらっしゃることでしょう。
今回はアメリカの老舗ギターメーカー・フェンダー社の取り組みを、ライバルメーカーのギブソン社と比較してご紹介します。
目次
“顧客インサイト”の把握がサブスクリプションの大前提
そもそもどうして現在、サブスクリプションモデルが隆盛しているのでしょう。
その背景にはビジネスの主軸が「モノ」から「コト」に、また「企業」から「顧客」に移り変わったことが挙げられます。以前の社会では製品が重要視されていました。テクノロジーの発達によって次々に新製品が打ち出され、顧客は完成した商材を消費する役目を担っていたのです。顧客よりも企業が優位に立っている「プロダクトファースト」の時代でした。
しかしそのビジネスモデルは廃れています。ニーズをおろそかにし、製品で勝負していた企業は結局値上げ競争を余儀なくされたのです。モノの値段が上がるにつれて顧客からはSNSで容赦無く攻撃を浴びるようになりました。評判が下がってもプロダクトファーストで進めてきた企業は、莫大な生産ラインを守らなくてはいけない。利益を維持できないので、企業間で競争をしながら値上げを進める。さらに顧客からの評価は下がる。負の連鎖にはまってしまったのです。
だからこそ、現在のビジネスでは顧客のニーズを最優先に考えなければいけません。そこでサブスクリプションは生まれました。「今すぐに使えて、継続的に利用したい」という顧客の願望を満たすために「モノを提供する」ではなく「体験を与える」ことを考えたモデルです。顧客の多くは「映画のDVDを所持したい」のではなく「映画を観たい」と思っています。「車を所持したい」ではなく「目的地に着きたい」と思っているでしょう。
サブスクリプションモデルに転換する際は、単に継続的に利用料を支払わせるのではなく、顧客の願望を満たすようなビジネスモデルを念頭に置くべきです。だからこそはじめに「顧客のインサイト」をキャッチしておくことが必要不可欠になります。そのうえで互いが良きパートナーになれるような関係を築くことが大切です。
では前提を頭に入れたうえでフェンダー社とギブソン社のここ15年の動きを比較しましょう。
ギターメーカーで両社に訪れた危機とは
フェンダー社は1946年に創業したアメリカの老舗ギターメーカーです。テレキャスターやストラトキャスター、ジャズマスター、ジャガーなどのギターを次々と生産し、プロアマ問わず多くの顧客から支持されています。音楽愛好家では知らない人がいないほどの知名度があります。
一方のギブソン社はもっと古く1902年設立のギターメーカーです。レスポールをはじめとして魅力的なモデルを次々と生産し、エリック・クラプトン氏やポール・マッカートニー氏、日本でも椎名林檎氏やB’zの松本孝弘氏などのミュージシャンに愛されています。
ここ15年ほど、ギターのマーケットは縮小を余儀なくされていました。DJ音楽のブームや木材の高騰などによって、両社ともに多額の負債を背負う形になっていたのが現状です。マーケットの縮小という窮地に対して、両社はどのような戦略を練ったのでしょうか。
「モノの生産・販売」にこだわり続けたギブソン社
エレキギターのマーケットシェア率が約20%と、ギブソン社は高い人気を誇っていました。世界中のエレキギターの5本に1本はギブソンのものであり、特に2000ドル以上の高価格帯だけに限ればシェア率は40%以上にも上っていたのです。
しかしギターの需要低下につれて、2012年から音響メーカーの買収に踏み切りました。日本のオンキヨーやティアック、オランダのフィリップス傘下で香港本社を置くWOOX InnovationsなどをM&Aしていきます。あくまで製品の販売を通して、ギターメーカーから総合的な音楽メーカーへのジャンプアップを目指したのでしょう。
しかし先述した通り、顧客のニーズは「モノの消費」ではなく「コトの体験」へと移り変わっています。レコードやCDのプレーヤーの需要は徐々に薄くなり、反対に音楽フェスやライブは増加しました。「モノの製造・販売」にこだわったギブソン社は2018年の5月に破産申請をしたのです。負債総額は最大5億円の見通しで、現在、再起を図っています。
顧客のインサイトを見極めた、サブスクリプション
一方のフェンダー社もここ10年で売り上げが3分の2にまで減少していました。2012年時点で負債は2.4億ドルと、後退していたのが現状です。
そこでフェンダー社はまず1年の歳月をかけて、顧客のデータと感情を分析しました。すると売り上げのほぼ半分が初心者によってもたらされていることが判明したのです。また初心者のうち90%が1年以内に挫折してしまうことも明らかになりました。
DJキットなどの電子機器に比べてギターは難しい楽器です。慣れないうちは綺麗な音すら出ませんし、1曲を演奏するだけでも苦心します。そのうちギターを弾くことがつまらなくなって、やめてしまうプレイヤーが多いことをフェンダー社は見抜いたのです。フェンダーのCPOであるイーサン・カプランは「挫折させないこと」を重視しました。壁を乗り越えてもらえば、顧客はギターを長く楽しめる。さらに生涯にわたってフェンダー社の製品を使い続けてくれると考えたのです。
そこで2017年の7月に初心者用のレッスンを動画で受けられるサービス「Fender Play」をリリースしました。月額19.99ドルを払えば空いた時間でカリキュラムを進められるサービスです。音楽学校などと共同で作られたコンテンツで、簡単なコードや有名バンドの楽曲のコピーなどのほか、有名ミュージシャンが楽器を始めたころのエピソードを語る動画もあり、モチベーションを下げさせないような工夫が施されています。
また「Fender Tune」という無料でチューニングできるモバイルアプリケーションにも注目です。直感的なインターフェースで作られており、誰でも正しくチューニングできるように意識しているのが伝わります。
イーサン・カプランが「大切なのはギターを売ることではなく、楽器を通じて顧客と対話をすることだ」と言っているように、フェンダー社はデジタルトランスフォーメーションを起こし「モノ」ではなく「コト」で、初心者がぶつかる壁を取り払うことを意識しているのです。
Fender Playをビジネスモデルキャンバスで解説
ではビジネスモデルキャンバスの9つの項目から「Fender Play」のモデルを解説しましょう。フレームワークを用いることで、顧客や提供価値、リソース、コストなどを俯瞰的に見られます。
1. 顧客セグメント
ギターを始めて間もない初心者。または一度ギターに挑戦したが、すぐに挫折してしまった方。
2. 提供価値
モチベーションを高く保ちながらギターの初歩を学ぶためのコンテンツを提供してくれること。また自分の時間に合わせて好きなときに好きなだけ練習できることや、「あなたのレベルならこの曲が弾けます」と、憧れのミュージシャンの曲を手軽に弾けるようにサポートするレコメンド機能。
3. チャネル/販路
広告やアプリストアからの流入、またはギタリストによる口コミ。楽器店や有名ミュージシャンからの発信など。
4. 顧客との関係
初心者の壁を突破してギターを楽しめるようなコンテンツの提供。その後、ギターの技術が「スキルアップするにつれてメーカーのファンになってもらう。また、顧客へのレコメンドサービスでモチベーションを高める。
5. 収益の流れ
19.99ドルの月額使用料。またスキルアップした後のプロダクトの販売。
6. 主要な資源
利用している顧客のデータやレッスン動画のコンテンツ、Fenderとしてのブランド力、契約している有名ミュージシャン、など。
7. 主要な活動
カスタマーサポートを含めたアプリケーションの保守や、新規コンテンツの拡充など。
8. 主要パートナー
契約しているミュージシャン、コンテンツについてアドバイスをしてくれる音楽学校、その他の楽器メーカーなど。
9. コスト構造
動画コンテンツの運営費や広告費、人件費、有名ミュージシャンへの謝礼など。
「顧客の成功」を第一に考えた理想的なサブスクモデル
モノの生産・販売に固執し、破産申請に至ってしまったギブソン社、顧客のインサイトをリサーチしコトの体験を重視してサブスクリプションモデルに切り替えたフェンダー社、老舗ギターメーカーの明暗は見事に分かれました。
フェンダー社のCEOであるアンディ・ムーニー氏は「ギブアップ率を10%削減するだけで売り上げは2倍になる」と予測しています。それはもちろん自社の経営安定化だけを見越したセリフではありません。そこには「顧客にギターを楽しんでほしい」という思いがあるのです。サブスクリプションモデルに切り替える際は、顧客ニーズを満たすコトを第一に考えましょう。
もちろんギブソン社も、今後はビジネスモデルを転換したうえで再起を図るに違いありません。有名ミュージシャンを含めて世界中に数多くのファンを持つメーカーだからこそ、これからの逆襲に期待です。
今回はビジネスモデルキャンバスを用いて「Fender Play」のサブスクリプションモデルを解説しました。ビジネスモデルキャンバスを含め、BizMakeでは各種フレームワークをWeb上で簡単に作成できます。どなたでもぜひご利用ください。
